メモ程度にまとめておきましたので、ご興味のある方は是非、ご覧になって下さい。
結論から書いておくと、
テーマは「戦争を題材にした戦後の復興の様子を元に、カナタたちの日常を描く」
世界観は「セーズという近代ヨーロッパに日本的アクセント加えた近未来」
最終回は「伝承に絡めたカナタたちの何かが、街の人々を救う何かが起きる」
といった感じでしょうか。
他にも、
・カナタは戦争孤児の可能性
・トランペットに憧れるきっかけとなったのは「ソラノヲト」だったから
・戦争を主に扱っているけど、今後、大きな戦争は起きない?
・街の戦争後の復興にカナタたちの努力や頑張りが人々の心に影響する
・カナタたちは、戦争から人々を「守る」のではなく、人々の心を「守る」
・カナタが目指している音楽は綺麗な音を出すことではなく「ソラノヲト」を出す
などなど
細かい点については以下から。


カナタの憧れの人・金髪の軍人のエピソード
初回冒頭で出た金髪の女性がカナタの憧れの人でもあり、音楽を始めるきっかけ
となった。その軍服の女性が身につけていたのが、リオが大切にしていた
ペンダントとそっくりな代物。
それにカナタはきづいていないけれど、リオがそのペンダントを持っているという
ことは、金髪の女性とリオには何らかの関わりがある。
しかも、その女性が今も身につけていないということは、その女性は今はもう…。
そして、その同じペンダントをつけながら、「私が一番憧れて、一番尊敬する人」と
言っていましたから、リオの上官だった確率が高いでしょう。
フィリシアの話では、リオはアメイジング・グレイスを二度と聴かないといって
いたので、その上官に対しての悲しみ、もしくは怒り、やるせなさからか、
気分が沈んでしまったせいかもしれません。
だから、伝承の女性には、この人が一枚噛んでいると見た。
いや、暗く考えるのはよそう。リオは父からのプレゼントだと言ってたそうだから、
ただ、単にその時に偶然に居合わせて、同じものをプレゼントされたかも知れない。
でも、ちょっとしたエピソードとして、今後の布石になりそうな予感。
だけど、彼女が鳴らしたのは終戦(退却)ラッパだと思うんですよ。
戦いが終わって、みんな平和な日常へと戻ることができる。
そんなオト。
初回の「ラッパ手に親切にしておくと、退却ラッパがよく聴こえるってな」という
言葉が真理をついているんですよね。
だから、街の人が「砦の娘か? めでたい」という祭りで喜んでいたのは、
彼女の活躍があって、なんとか休戦に持ち込めたんだろう。


その幻想の世界では、カナタは廃屋にいました。
そして、壁には兵隊の質素な絵。何故か弱い少女がこんな所に一人でいるのか?
母に会いたいというカナタの言葉は成就できずに終わったのだと思う。
そんな辛い思いを抱えながらも戦争という非日常的な日々を送っていた。
そして、金髪の軍人の彼女が吹いていた休戦(退却)ラッパの音で、
戦争が一時終結し、平和が戻ってきた。
カナタが、なぜ、その人を憧れるようになったかというのは、
きっと戦争を終結させる音だと勘違いしたのか、もしくは、そういう風に認識したか、
それとも別の何か理由があるか?
でも、その時の光景として「ソラノヲト」という言葉通り、その人が吹いたおかげで
曇っていたソラが晴れ渡り、晴天になった。カナタの中で、その印象が強いために、
タイトルを「ソラノヲト」にしたのでしょう。
なので、こういった音楽によって人々を救えるというのが、大きなテーマに
なってこないか気になる所ではあります。
カナタが憧れているのは、誰かを守るために戦う軍人ではなく、
誰も傷つけることなく、オトの力で、人々を「守る」ことが出来ないかという部分が、
根幹にある気がするんですよね。


そして、4話で完璧にラッパを吹けるようになったカナタの次なる目標は、
ってなると、やっぱり「ソラノヲト」である金髪の軍人が奏でていたトランペット。
私としては、彼女のラッパや心の成長物語として、予測していたので、
この早い展開にはちょっと驚きを隠せませんでした。(もちろん、良い意味で)
でも、ただ、吹けているだけではダメで、人々を救うようなオトでなければいけない。
それはカナタが感じた幸せを運ぶ音楽。それは終戦(退却)ラッパだとしたら、
ただ上手くなっているだけではダメで、そういう場面に居合わせないといけない。
だけど、その気持ちだけは伝わってくる音楽で、憧れの人の時のような、
曇り空から、晴れ渡る空へと変化しているので、「ソラノヲト」としては
クリアしたんじゃないかな。
となると、見せ場は最終回の一場面に限定されると思う。
なので、これからはカナタの心の成長物語を軸にほんの幸せな日常が、
毎回、展開されると思っています。
まあね、音楽では達成した目標のあとのカナタの目標が他に何になるかが楽しみ。


アメイジング・グレイス
金髪の軍人が吹いていたのは、この曲。
そして、リオが口ずさんでいたのも、この曲。
なので3話で、夢の中のカナタが思い出していたのは、リオの鼻歌を聴いていた
から、脳が思い出してしまったんでしょうね。
まあ、アメイジング・グレイス自体がメジャーな曲なので、金髪の軍人と、
リオが知り合いという説はやや強引な気がしますが、リンクしています。
そして、一番気になる、タケミカヅチの機能。
戦車には全く必要のない退却ラッパで吹いていた、この曲がステレオコンポ
みたいについています。
つまりは、「戦争をやめて、平和な日常に戻ろうよ」というのを、
設計者がそう語りかけているような感覚を受けます。
なので、そういった平和な目的として作られているように感じたので、
もしかしたら、タケミカヅチの戦車としての本来の出番はないのでは、
と考えております。


物語の核となるかもしれない伝承
それは一応、彼女たちではなく、彼女たちの前の人たちが作った伝説。
それが再度、再現されるようになるかが、今後のカギになるのかも知れない。
だけど、私は、その伝承が再度訪れることはないと思っています。
確かに、昔からの伝承が最終回で再現されるようになるなら、カッコいいことは
間違いないですよ。OPにもしているくらいだから、全くもってあるべきという意見も。
無理矢理、最終回に伝承を当てはめるならば、翼竜がカナタたちをさらう。
翼竜は戦闘機か近代兵器の一部とします。そして、閉じ込められるカナタたち。
初回のように、ラッパやトランペットなどで、呼び合ってなんとか脱出。
そして、蜘蛛の力というのは、予想では6本足と思われるタケミカヅチだと思われ。
で、その力を使い、翼竜の頭を切るというのは、戦闘機の故障か何か。
そのため、ガソリンなどで熱暴走が起こって、それを食い止めるカナタたち。
街の人達のバケツリレーの協力で消火活動に当たる。
伝承では、守った少女たちは死んでしまったようだけれど、
今回はそれだと後味が悪いことになるから、何かの見せ場が必要になります。
と、こんな感じで、伝承を消化したとして、納得出来るかどうか。
伝承は伝承で、ただ語り継がれて、その勇敢なる少女たちのことについて、
褒め称えるぐらいでもいいのかと思ったりしてね。
だから、その伝承については、伏線ではなく、そんな少女たちと、
今の楽しそうにしている少女5人の楽しい物語で終わっても面白いと思います。
公式サイトの言葉
で、公式サイトでトップにくる言葉がすごい気になるんですよ。
誰かが、世界はもう終わりだと言っていました
でも、私たちは楽しく暮らしています
第1121号要塞
この、時告げの砦で−−
世界は終わりだと思うときがくる、未来なのか、今なのか。でも、過去ではない。
私たちは楽しく暮らしているだけで、ぼかしていますが、暮らしているだけで
世界を救うことになるのは何らかの因果がありそうです。
で、世界の終わりなのに、楽しく暮らしているというのは、街の人々が総悲観、
カナタが楽観視しているということになります。
で、それが、時告げの砦で街の人々を実際に戦車を使って「守る」のか、
それとも、カナタたちの生活を見て、人々が和み、それによって、戦争後の
街の人々の心を「守る」のか、どちらになるのか考えさせます。
きっと、どちらであってもいい。
どちらであっても、平和な日常が訪れることに、変わりはないのですから…。









「ソ・ラ・ノ・ヲ・ト」予測・考察お疲れ様です^^
>テーマは「戦争を題材にした戦後の復興の様子を元に、カナタたちの日常を描く」
穏やかな雰囲気の中にも、戦争の傷跡も垣間見える・・・そんな日常でしょう。
最後の方で触れられてる公式サイトの言葉が示してますね。
>世界観は「セーズという近代ヨーロッパに日本的アクセント加えた近未来」
と言うより、セーズの街は昔、日本だった場所にあると私は推測してます。
そして近未来ではなく遠い未来。
戦争で滅んだ日本に、ヨーロッパの文化・人が流れて今の街が出来たんじゃないかと。
あまりに日本的な部分(学校・教科書・名前・みそ汁等)が多いので、そういう推測を立ててます。
街のモデルはスペインの都市らしいですけどね。
>最終回は「伝承に絡めたカナタたちの何かが、街の人々を救う何かが起きる」
異議なし。
やはり第一話の描写やOP見てると、そういう展開になるだろうと私も思います。
>だから、街の人が「砦の娘か? めでたい」という祭りで喜んでいたのは、
彼女の活躍があって、なんとか休戦に持ち込めたんだろう。
ん〜どうでしょう?
あの祭りは伝承にある砦の娘達の為の祭りのようなので。
同じく砦の娘になったカナタを「めでたい」と言ったのではないでしょうか。
>なので、こういった音楽によって人々を救えるというのが、大きなテーマに
なってこないか気になる所ではあります。
そうですね。私もそう思うし、そうなって欲しいと願っています。